ドル覇権下でおかねはどう変わったか(1) [近現代を知るための通貨・金融システム入門]

「基軸通貨ドルー私たちはどんな世界に暮らしてきたのか」という連載をやっていて、そろそろ最終回なのだが、おかねの動きの基本的な部分を理解していないと、「ん?」「なんでそうなるの?」というところがどうしても出てくる。

それを全部本編で説明していると一向に話が進まないので、金融寄りの内容や仮説をこちらにまとめておくことにした。

必要な箇所は本編で参照する(と思う)が、これだけをお読みいただいても、現代がどういう時代なのかは「だいたい分かった」ことになるのではないかと思う。

面倒な説明が多いけど、だまされたと思ってお付き合いいただけたらとても嬉しい。

目次

はじめに

(1)おかねの質と量

おかねは、市場を作り出し、産業を活性化し、社会のすみずみに必要十分な物資を送り届けるために存在している(詳しくはこちら)。

ちょうど人体にとっての血液のように、質のよいおかねが、ちょうどよい分量で供給されることが、いわゆる「経済の好循環」の前提といえる。

この世界全体を流れているおかねの「質」や「総量」を意識したことがある人は少ないと思う。しかし、質と量の変化を追いかけると、本当に、この世界のことが、手に取るように分かってしまうのだ。

ということで、この記事では以下の2点に焦点を当てる。

①おかねの質の変化
②世界に流通するおかねの総量の変化

(2)近代と現代

おかねによってつながる世界は19世紀に現れたものだが、20世紀後半になって、その性格を大きく変えた。

ざっくりいうと、ポンド覇権(近代)とドル覇権(現代)なのだが、固有名詞を付けて歴史を追うと図式的な説明が困難になるので、いったんこの惑星の外に出て、別の惑星に存在する架空の国際社会を想定して説明をさせていただく(ドル覇権で地球に戻ります)。

とある惑星のとある大陸に、5つの国があり、それぞれの通貨を持って貨幣経済を営んでいるとしよう。彼らは協定を結んで交易を行っており、自らG5と称している(↓)。

予め種明かしをすると、宙国は単純素朴化+理想化したイギリス(ポンド)、星国はほぼ等身大のアメリカ(ドル)である。

以下、今回(近代編)は、スペースという基軸通貨が生まれ、星国に覇権が移って基軸通貨がスターに交代するまでを追うという体で、通貨・金融システムの基本を説明したい。

G5の国々(カッコ内は通貨名)
花国(フラワー) 月国(ムーン) 雪国(スノー)
星国(スター) 宙国(スペース)

近代編ースペース覇権下のおかね

(1)外国為替市場ー為替レートはどう決まる?ー

外国為替市場(通貨交換市場)は、G5の国々が相互に貿易を行うようになったときに発生した。通貨交換の意味については、海外旅行をして現地で買い物をするときのことを思い浮かべていただくとよいだろう。

私たちは、まず空港で円を外貨に交換し(=円で外貨を買い)、現地ではそれを使って買い物をする。外国の物を買うということは、同時に、外国の通貨を買うことなのだ。

では、貿易にともなって通貨の交換が行われるとき、通貨の価格(為替=通貨交換レート)はどのように決まるだろうか。

市場においては、取引価格は(基本的には)需要と供給によって決まる。したがって、通貨の投機的な売買が存在せず、取引がいわゆる「実需」(貿易や旅行など)に付随してのみ行われる場合、通貨の価格は、もっぱら「実需」における需要と供給によって決まることになる(以下話を単純にするために貿易のみを想定する)。

花国を例にとると、花国の輸出(花国製品の売却)が輸入(外国製品の購入)を上回っている場合(=貿易が黒字の場合)は、フラワーに対する需要が供給を上回ることになるので、フラワーの価格は上がる(フラワー高)。反対に、輸入が超過の場合(=貿易が赤字の場合)は、フラワー安となる。

◉為替投機のない世界では、外国為替市場における通貨の価格(交換レート)は、貿易収支によって決まっていた

(2)為替相場の安定ーおかねの質を保つには

G5の国々は、経済の安定的な運営のため、相互に協力して貿易による通貨価格の変動を抑えることで一致した(固定相場制)。

*ところで、固定相場制とは、通貨価格(交換レート)ががっちり固まって動かない仕組みだと思っている方が多いと思いますが(私はそうでした)、そうではないようです。世に需要と供給があって売買が行われる以上、市場価格の実質的な変動は勝手に生じてしまいます(定価や希望小売価格があっても売れない商品は安売りされますね)。固定相場制とは、そういった価格変動が生じないような措置を加盟国に義務付ける制度であって、「放っておいても動かない」制度ではないそうです。こちらの説明(明治学院大学国際学部 岩村英之先生の教材)が私には分かりやすかったです。

為替相場(通貨交換レート)は貿易収支の黒字・赤字(不均衡)によって上下するのだから、相場を安定させるには、貿易量を調整して、収支を均衡させればよい。

そういうわけで、例えば、花国が輸入超過で「フラワー安」となり、月国が輸出超過で「ムーン高」となった場合には、花国には輸出回復まで輸入を控える「緊縮」措置が義務付けられ、月国には輸出を抑えるか輸入を増やす措置が義務付けられることとなった。

◉為替投機のない世界では、「貿易収支の均衡=為替相場の安定」だった

(3)為替介入ー貿易収支不均衡の是正

ところで、為替相場を安定させる方法としては、「為替介入」というやり方もあることをご存じだろう。例えば、月国で大きな地震が発生し、復興需要のために一時的に多額の貿易赤字が発生し、ムーンが暴落したとする。

このとき、他の4カ国が協力し、自国通貨を売ってムーンを買う「ムーン買い」介入を行ってムーンの価格を上げ、固定相場を維持するとすると、それが「為替介入」である。

この場合、為替介入は、貿易収支の不均衡(月国の貿易赤字)による通貨価値の低下を、他国がおかねを出して是正する、という意味を持っている。月国は、他の4カ国に助けてもらったわけである。

◉為替投機のない世界では、為替介入は、貿易収支の不均衡による通貨価値の変動を補正する手段だった

(4)基軸通貨の登場ーおかねの増量と安定

G5の国々は、収支の均衡に配慮しながら貿易を行っていたが、帳尻合わせのための「緊縮」や輸出抑制措置により、全体の貿易高は思うように伸びなかった。

そんなある日、交通の要衝にあって、貿易の中心地として輸出・輸入をとくに活発に行っていた宙国の金融機関が、すべての国を対象に、スペース建の貿易金融サービスを開始した(詳しくはこちら)。

これがみんなに受けて、各国の貿易業者は、喜んでスペース建の取引を行うようになった。スペース建であれば、輸出入の不均衡が、直ちに自国通貨の価値に跳ね返ることはない。収支の均衡を過度に気にせず、輸出・輸入をすることができるのだ。

*こんな感じの理解で大きな間違いはないと思いますが、正直にいうと私はよく理屈が分かっていません。

宙国の収支はつねに均衡していたわけではないが、スペースの金兌換を保証することで、その対外的な価値を担保することとした(金本位制)。他国の通貨はスペースを介して金と固定相場で結ばれ、スペースが中心にあるおかげで、厳格な貿易管理を行わなくても、為替の安定が保てるようになった。

宙国は宙国で、各国から自国の金融機関に集まる資金を元手に(信用の基礎として)他国に貸付を行い、手数料や利子の収入を得ることができるので、この仕組みはまさに「ウィンウィン」といえた。

宙国は支払・貸付を通じて積極的にスペースを供給したので、G5には(従来の各国通貨に加えて)国際通貨としてのスペースが行き渡り、貿易の活性化・国内産業の活性化を通じて、G5の経済は大きく成長を遂げた。

イメージです

◉国際通貨としての基軸通貨の存在は、(1) 為替相場の安定(おかねの質の維持)(2) おかねの増量(流動性の供給)を通じて、経済成長を促進する機能を持っていた

 

基軸通貨の交代

(1)金=スター本位制の崩壊 → スター本位・変動相場制へ

G5内で大戦争が勃発、覇権は宙国から星国に移転し、スターを基軸通貨とする通貨体制の再編成が行われた。

構築されたのは、19世紀と同様、基軸通貨であるスターが金(ゴールド)との兌換制を保証し、スターと各国の通貨を固定レートで結ぶ仕組みである(金=スター本位制・固定相場制)。

*なお、ポンド時代はすべての参加国が金本位制を採用していたが(国際金本位制)、実態は第2次大戦後の金=ドル本位制に近かったと評価されている。

しかしこの仕組みは長続きしなかった。

大戦争の後、星国は、贈与や貸付の形で大量のスターを供給してG5(星国以外・以下同じ)の復興を助け、G5諸国に感謝された。しかし、星国は、G5が復興を遂げた後になっても、世界へのスター供給の手を緩めることがなかった。星国政府は「他の大陸への進出を目指す」などといって軍事支出を増やし、星国の民はG5各国の優良企業を買収したり、安価な外国製品を購入するなどしてスターをばら撒き続けたのだ。

G5の国々に使う当てのないスターが貯まってくると、彼らはスターの将来に不安を抱くようになった。「いつか、ただの紙切れになってしまうのでは・・」。

*「紙切れ」というのは比喩で実際には「ただの(口座上の)数字に」が正しいです。

こうして、G5各国の中央銀行は、自国の保有するスターの金兌換を求めて殺到する。
星国の金のストックは急速に減少し、まもなく空になるというとき、星国は宣言した。

「本日をもって、スターの金兌換はやめます。」

こうして、金=スター本位制は終了し、以後、G5は、金という裏付けなしのスターを基軸通貨として頂くことになったのだ(スター本位制)。

スター自体の価値が安定しない中では、固定相場制を成り立たせるのも困難になり、為替=通貨交換レートは市場での変動に委ねられることになった(変動相場制)。

というわけで、現代(20世紀後半の世界)は「スター本位制・変動相場制」というシステムの下で幕を開けたのである。

◉過剰にドルを流通させた基軸通貨国(アメリカ)が金兌換義務を放棄したことで、金=ドル本位制・固定相場制は破綻し、ドル本位制・変動相場制に移行した

(2)支出が止まらない星国

金=スター本位制を終了させた星国が、「いくらなんでもこれ以上信用が低下してはまずい」ということで、軍事支出の削減などを試みたのは本当につかの間で、すぐに支出は元通りになり、赤字はどんどん膨らんでいった。

スター本位制の下で、星国の支出が止まらなくなった理由としては、以下の2つがあげられる。

①ゴールド保有量のしばりがなくなった

基軸通貨国である星国には、自分でおかね(スター)を作って使うことができるという特権があるが、金=スター本位制の下では、スターを金に兌換することを保証していたので、ゴールドの保有量は星国の支出に対する制約であり得た。

しかし、金本位制を捨てて「スター本位制」となったいま、星国の通貨発行量を制限する要素はなくなってしまったのだ。

まあ、星国は、金=スター本位制のときも、結局は、作りたいだけおかねを作り、使いたいだけ使っていたので、これは理論上の話にとどまるような気もするが、「通貨発行量に対する制度的な制約がなくなった」ということは確認しておこう。

②いくら赤字を出しても(なぜか)破産しなかった

より重要なのはこちらである。実は、星国自身、当初は「あまり赤字を出さないようにしないと・・」とプレッシャーを感じていた形跡がある(1980年代初頭まで)。しかし、ある時期からタガが外れていくのは、いくら赤字を出しても、何も問題が起きなかったからなのだ。

「なんでかよく分かんないけど、いくら赤字でも破産したりしそうにないし・・このままで、問題なくね?」

と、そんな感じで、星国の収支は「数千億スターの赤字は当たり前」になっていくのだが(↓)、いったいなぜ、そんなことが可能なのだろうか?

大事なポイントなので、次回、地球に戻って、改めて検討することにしよう。

世界経済のネタ帳 より

◉アメリカの支出は、(1)金兌換義務の放棄で基軸通貨国の通貨発行量を(制度的に)制限するものがなくなったこと、(2)莫大な赤字を出し続けてもなぜか困らなかったことで、歯止めが効かなくなった

今回のまとめ

  • 為替投機のない世界では、外国為替市場における通貨の価格(交換レート)は、貿易収支によって決まるものだった。
  • 為替投機のない世界では、「貿易収支の均衡=為替相場の安定」だった。
  • 為替投機のない世界では、為替介入は、貿易収支の不均衡による通貨価値の変動を補正する手段だった。
  • 国際通貨としての基軸通貨の存在は、(1) 為替相場の安定(おかねの質の維持)(2) おかねの増量(流動性の供給)を通じて、経済成長を促進する機能を持っていた。
  • 新たに基軸通貨国となった星国が過剰にドルを流通させたことで、金=ドル本位制は破綻した。
  • 星国の支出は、(1)金兌換義務の放棄で基軸通貨国の通貨発行量を(制度的に)制限するものがなくなったこと、(2)莫大な赤字を出し続けてもなぜか困らなかったことで、歯止めが効かなくなった。

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