「為替」と言われてもなんのことか私はちょっとピンと来ない。
みなさんはどうですか。
しかし、おかねの話をするにはどうしても必要なので調査した。私と同じように苦手感のある方にこそ、本編を読んでほしいので、理解したことを共有したい。
結構、面白いのだ。
- 為替は「かわし」
- 経済用語としての為替ー遠隔決済手段
- 外国為替市場と外国為替
- なぜ通貨を売買する市場が「為替市場」なのか
- すべては「foreign exchange market」の誤訳からはじまった?
- 混濁する「外国為替」
- おわりに
為替は「かわし」
かわせ【為替・交】
日本国語大辞典
①取り交わすこと。ひきかえ。交換
・・
かわせの原義は「交換」。動詞「かわす」の名詞化で、中世には(経済用語としての為替(次項↓)を)「かわし」と言っていたそうだ。
「為替」などと言われた瞬間に目が宙を彷徨ってしまう人は多いと思うが(私です)、「かわし」(交換)だと思えば怖くない。
取り交わす、引き換える、交換する。それが為替なのだ。
経済用語としての為替ー遠隔決済手段
手形・小切手・証書などによる送金や決済(ないしその手段である手形など)を「為替」と呼ぶのはここからの派生である。今度は広辞苑(第7版)に説明してもらおう。
ア)遠隔の地にある者が、貸借の決済に際し、正金を送付する労費・不便・危険などを免れるため、手形・小切手・証書によって送金を処理する方法。鎌倉・室町時代にはカワシといい、手形による替銭、米を用いる替米があった。江戸時代に大いに発達。現今は送金為替・取立為替、また内国為替・外国為替の種類がある。
イ)為替手形・約束手形・小切手など現金によらない決済の総称
ウ)為替手形の売買・割引その他為替に関する事務
私の感覚では、この「かわし」には、決済の取り交わし(債権と債務の交換)の意味と「代替」(現金の代替物)の意味が二重に込められているように感じる。
外国為替市場と外国為替
さて、問題はここからだ。
連載で主に扱うのは国際金融の話なので、外国為替市場とか為替相場といった言葉を抵抗なく読みこなしていただくことが望ましい。
しかし、よく理解しようと思うと余計わからなくなってくるのが、外国為替の世界なのである。
まず、広辞苑で「外国為替」を確認しておきたい。
①正貨送付の手数・危険その他の不便をなくして、国際間の取引によって生ずる貸借を債権譲渡・支払委託によって決済する方法。国際為替。外為(がいため)。↔️ 内国為替
広辞苑(第7版)
②外国為替手形の略
上記「経済用語としての為替」の国際バージョンということで(さしあたり)問題はない。
では、外国為替市場とは何か。
日銀のウェブサイト(教えて!にちぎん)には次のようにある。
Q 外国為替市場とは何ですか?
A 外国為替市場(単に「為替市場」ということもあります)とは、円やドルなどの異なる通貨を交換(売買)する場をいいます。··
なるほど。外国通貨を売買する場のことを、外国為替市場というのか。
ついでに、具体的に誰がどんな風に何をしているのかも教えてもらっておこう。
金融用語についてはいろいろな企業が工夫を凝らして説明をしてくれて非常にありがたい。私には野村証券の証券用語解説集がコンパクトでわかりやすかったので、引用させていただく。
外国為替市場は、全てが相対マーケットで成り立っている。よって、株式市場のように金融商品取引所はない。相対マーケットであるので、例えば、海外旅行に行く際に、銀行に行き、日本円をアメリカドルに両替したとすると、そこが外国為替市場となる。
ただし一般的に、外国為替市場とは、銀行間(インターバンク)市場のことを指す。海外旅行の際の両替など顧客からの注文は、銀行などの金融機関が、一度、自己ポジションでその注文を受け、銀行間市場で、その自己ポジションの調整を行うことで、成立している。
外国為替市場において、東京市場という考え方は、単に時間的な区切りでしかない。月曜日の朝にシドニー市場(東京午前3時頃から)が始まり、金曜日のニューヨーク市場(東京土曜午前6時)が終わるまで不断に連鎖して続いている。
ということで、外国為替市場とは、通貨を売買する場所である。
それは間違いなくて、それで「OK」という方はそれでOKだ。
なぜ通貨を売買する市場が「為替市場」なのか
でも、私はそれで「OK」ではなかった。
他にも気になる方がいると思う。
通貨を売買する市場のことを、どうして、為替市場というのだろうか。
為替の原義は「交換」であるから、通貨の両替をする場所のことを「為替市場」と呼んでもわるくはないだろう。しかし、こんなバリバリの経済用語の中で、突然為替が原義に戻るというのはちょっと考えにくいように思われる。
経済用語の方の為替とはいったいどういう関係なのか。
実は、外国為替市場については、下のような説明をする文献が少なからず存在している(以下は 小学館 日本大百科事典(ニッポニカ))。
外国為替が売買される場を外国為替市場といい、為替銀行、貿易業者、為替仲買人、ときには投機筋や政府も加わってさまざまな外国為替取引が行われる。
「外国為替を売買する場」が「外国為替市場」だというのである。
外国為替を売買、ですか。
でも、外国通貨は「外国為替」ではないはずだし、為替手形が売買されているという話も聞かないし・・
ただ、この説明を採用する人たちが、最終的に、外国為替市場について日銀と異なる意見をもっているというわけではなさそうなのだ。
「むむ・・」と思い、さらに調査を続けると、両者の間をつなぐ、かなり親切な説明をしてくれるサイトがあった。
「auじぶん銀行 為替のきほん」神戸孝さんの説明だ。
「為替」の歴史は古く、・・(中略)・・。為替は、売買代金の受払いや資金の移動を、現金を輸送することなく行う手段といえます。
(中略)
一方、国境を越えて、異なる通貨間で行われるものが外国為替取引です。商品の輸出入、外国証券や海外不動産への投資、企業の海外進出など、国際的な取引の多くは外国為替を利用して金銭の受払いが行われます。取引に際しては、まず決済通貨(どの通貨で金銭の受払いをするか)を決め、自国通貨でない場合には、通貨を交換しなければなりません。この「通貨の交換」を伴う点が、外国為替の最大の特徴といえるでしょう。
通貨を交換するための市場を「外国為替市場」、通貨の交換比率を「為替レート(外国為替相場)」と呼びます。例えば、米ドルを日本円で購入したい場合、為替レートが1ドル100円であれば、100円で1米ドルを購入できることを示しています(手数料等は考慮していません)。・・
この説明はよく分かる。外国為替市場は、外国為替を売買する場ではなくて、あくまで通貨の交換を行う場なのだが、それが外国為替の取引と深い結びつきがあるので、何となく外国為替市場と呼ばれている、という解釈だろう。
ただ、それでもまだ、私には引っかかるものがある。
経済学者などが「外国為替の売買」などと書くとき、その人たちの頭の中にある「外国為替」とはいったい何なのだろうか(結構、何回も何回も「外国為替の売買」と書く文献があるんですよ・・)。
うーん、と悩んだ結果、私はつぎのような仮説にたどり着きました。
すべては「foreign exchange market」の誤訳からはじまった?
為替は日本に古くからある。現金を用いない国際遠隔決済を「外国為替」と呼ぶのはその延長で、古式ゆかしい純然たる日本語である。
しかし、外国為替市場の方はたぶん違う。
近代に至る過程のどこかで、西欧諸国との貿易および決済に伴ってforeign exchangeないしforeign exchange marketが登場し、当時の日本人はこれを翻訳する必要に迫られた。「外国為替市場」は “foreign exchange market” に当てられた言葉であり、翻訳語であると思われる。
手元にある英語の辞書を確認してみよう。
foreign exchange
Oxford Dictionary of English Second Edition Revised(2005)
▶︎noun
an institution or system for dealing in the currencies of other countries:
■[mass noun] the currencies of other countries:
というわけで、foreign exchangeには通貨の売買の意味しかなく、為替(非現金遠隔決済)の意味は少しも含まれていない。wiki英語版などをみても同じである。
英語圏の説明は、日銀のウェブサイトの説明とまったく同じなのだ。
したがって、これを日本語に訳すなら、「外国通貨市場」というのがより適切な訳語だと思われる。Foreign exchange rateの方も、異なる通貨を交換するときのレートだから、やはり「外国通貨相場」とか「通貨交換レート」とかの方がわかりやすい。
これがなぜ「為替」になってしまったのか。
推測するに、理由の一つは、当時は為替手形による決済がもっとも一般的だったということにあるのだろう。その結果、決済に伴う実務全体が「外国為替取引」と認識され、(その一部である)foreign exchange marketにも「外国為替市場」の語が充てられた、という感じかと思われる。
Exchangeは「交換」だから、訳語を考えた当時の日本人がこれを「為替かな?」と思ってしまってもやむを得ないし、為替手形のことを英語で「bill of exchange」*と呼ぶことが、混乱に拍車をかけたことも考えられる。
*ちなみに、bill of exchange におけるexchangeは単純に交換の意味だと思われる。為替手形の語源が英語でも日本語でも全く同じである点は興味深い。ただ、日本では「かわし」が(経済用語としての)為替全般を指す語として発展したが、英語ではexchangeが為替の意味を持つようにはならなかったのだ。手形や小切手などの支払手段の総称(日本語で「為替」)は「negotiable instrument」であってexchangeではないし、外国為替手形をbill of foreign exchangeというような用法もないようだ(どうしても「外国の」と付けたければforeign bill of exchangeになる模様)。
そういうわけで、翻訳として不適切だとは思うが、そうした歴史的背景を込みにして考えれば、foreigh exchange marketの日本語での呼称が「外国為替市場」であるのはやむを得ないという気がする。
自分としても、先ほどの神戸孝さんの親切な説明を読めば「なるほど」と思えるし。
ただ、foreign exchange marketが「外国為替市場」となったことで、とばっちりを食ったと思われるのが、「外国為替」「foreign exchange」の各語である。
混濁する「外国為替」
すでに述べたように、英語のforeign exchangeは、外国通貨の売買ないし通貨そのものを指し、そこに外国為替の意味は一切含まれていない。
しかし、foreign exchange marketを外国為替市場と訳してしまったせいで、どうも、日本人の頭の中では、英語と日本語の双方で、外国為替と外国通貨の売買(両替)が混じり合い、一体化してしまったようなのだ。
■語学辞書の世界
まず、英語のforeign exchange については、「foreign exchange = 外国為替」とする理解が語学辞書の世界を覆い尽くしていて、ちょっと問題ではないかと思われる。
手元にあるどの英和辞典を見てみても、foreign exchange の最初の意味は「外国為替」だし、和英辞典の「外国為替」はforeign exchangeなのだ。
*英和辞典では二番目の意味に「外貨」があるものもあるが、ないものもある。
例えば、私が「外国に為替で送金する」と英語で書きたいと思って、辞書を調べたとすると、研究社 新和英大辞典(第5版) の「為替」の項目にある、send money by foreign exchangeを見つけるだろう。
だが、英語にそういう言い回しはない(googleで検索すればわかる)。端的に誤りなのだ。
そう。日本語の「外国為替」について、上の広辞苑の定義に依拠する限り、これらの語学辞書の記載は明らかな誤りである。しかし、日本語の方でも一体化が進んでいるとなると、またちょっと違う話になってくる。
■専門家の脳内
ネット上の記事や教科書的な文献をいろいろと読んでいると感じるのだが、かなり多くの人の頭の中で、すでに「外国為替」は、外国通貨ないし外国通貨の売買の意味を持つようになっているのではないだろうか。
遠隔決裁としての「外国為替」と、通貨を売買する市場(相場)としての「外国為替市場(相場)」の語を、混ざらないよう注意して使い分けている文献がそれなりにある一方、あまり深く考えず、外国通貨の売買の意味で、あるいは外国通貨の売買なのか遠隔決裁なんだかわからないような形で、「外国為替」の語を使っている文献も少なからずあるような印象なのだ。
つまり、実用の上では、外国為替という言葉には、すでに、広辞苑にある2つの意味に加え、foreign exchange marketの「外国為替市場」という訳語から派生した第3の意味が付け加わっているのかもしれない、という気もするのである。
辞書に書くなら、こんな感じか(↓)。
外国為替
①正貨送付の手数・危険その他の不便をなくして、国際間の取引によって生ずる貸借を債権譲渡・支払委託によって決済する方法。国際為替。外為(がいため)。↔️ 内国為替
②外国為替手形の略
③(外国為替市場(foreign exchange marketの訳語)からの派生か)外国通貨の売買。両替。また、外国通貨。
そうだとすると、語学辞典の誤りが、一周回って正解に近づいてくることになる。
しかし、ともかくそういうわけで、専門家が書いた文献に、「外国為替の取引」とか「外国為替の売買」とか書いてある場合に、それが外国通貨の売買のことを言っているのか、外国為替手形によるやり取りを指しているのか、私には結局よくわからなかったのだった。
おわりに
単純に「為替」について普通に調べて普通に知りたかっただけなのに、思わぬ深みにはまってしまい、思わぬ発見もしたような気がしていますが、どうなんでしょうか。
事情をご存じの方がおられましたら、ぜひお知らせください。